すすむ町山智弘ばなれ(2)

 

 

 

 人間性最悪のキモ顔監督・松江哲明。彼の心の醜さが、顔面の醜さに表れてしまった珍しいケースだ。顔写真見てるだけで、本当に不愉快になる。

 稲中卓球部のどうでもいい脇役に、あんな顔した男いそうだよな。人間のスケールが極端に小さい性格のやつで。

 そんな松江の炎上事件が町山智弘にプチ飛び火してしまった。

 現在の町山智弘を分析した印象としては、陽気・感情的・弱者に優しい・冷酷・陰湿・力関係に敏感、というものだ。基本的には陽気で優しく、政治がからむと冷酷陰湿になると考えている。そうなった時の彼は手段を選ばない。

 ……で、本件で町山がとるべき態度としては、「弱者に優しい」という部分を発動させて、性暴力被害者側の加賀健三の側に立つべきというのが私の考えである。古くからの町山読者にも、そうゆう人たちは多いのではないだろうか。

 だが実際には身内の松江哲明を擁護する側にまわったとして、怒っている人たちがいるのである。

  町山離れが、また少し進行したなあという印象である。

 で、ちょっと説明しなきゃなんだが、町山智弘は別に松江哲明を擁護してなどいないのである。

 確かに彼は松江の言い訳ツイートをRTした。それはキムギドクなどの映画監督による、いい映画をとるために役者に嫌がらせする手法があるということを、おそらく肯定の意味でリツイートしたにすぎない。

 手法そのものは肯定したが、松江哲明のやったことを肯定したわけではないのだ。

 このへんの「力関係に敏感」という町山イズムに私は落胆してしまう。みんなが好きな町山とは、後先考えないで発狂したらパイ投げするやんちゃな彼だと思うのだ。

 保身にまわる彼など見たくないはずだ。

 しかし、今回、町山は保身にまわっている。それだけ松江の性行為強要「疑惑」がスジの悪い案件だと認識しているのだろう。こうゆう時って、まず文化人は言質をとられたくないのである。

 「アンタ、松江を擁護すんの?」と批判されたくないし、責任もとりたくないから、はっきり言質をとらせる形で松江をかばうことはしたくないものなのだ。実際、松江擁護をしたと批判されてた他の文化人も、特に言質をとれるところはなかった。例外は山下なんとかという監督だったような気がしたが、どうでもいい。

 まず言質をとらせないで文化人たちが保身に走った時点で、松江の立場は相当に悪くなってる様子がうかがえるのである。今後、相当に厳しいんじゃないの。

 本来は松江を擁護しそうなパヨク様たちが、厳しい調子で松江批判してるので、彼とかかわりたいヤツって基本的にいないんじゃないのか。

 話がそれた。

 ……で、松江周辺の文化人を批判するにしても、「では擁護した部分を提示してくれ」と反論されたら提示できないでしょ。だって彼らは言質をとられるようなヘマはしないから。

 松江を擁護したと批判するのは、スジが違うと指摘したいしだいである。

 唯一の例外は水道橋博士で、なんと松江哲明に対して「同情と応援、支援を表明します」とはっきり言質をとらせている。頭がおかしくなっており、狂ったとしか解釈できないわけだが、ある種の老害化が進んだなあという印象を受けた。

 やっぱり性犯罪者「疑惑」のある人物に、同情・応援・支援をしたらいかんでしょ。

 ただここまで踏み込んだ発言をした水道橋博士も、「ブーメランの受難を体感したドキュメンタリストと同じく、それが通過儀礼であることを信じて」と、ただし書きをつけて自分の逃げ道を用意しているのである。

 真意のほどがさだかではないので忖度するしかないのだが、ブーメランを受け止めることそのものは、推奨しているのだ。水道橋の言う応援と支援というのは、加賀健三に対して責任をとったうえで(通過儀礼)、松江の再出発を応援と支援するという意味ともとれるのである。

 こうゆう玉虫色の発言ってどうかと思うし、もっとスッキリした発言すべきだと思うんだが、それができないほど深刻な事態なのも確かなのである。

 なんか忖度とゆうか、妄想してばっかりで、煮え切らないブログ更新になってしまった。申し訳ない。あくまで確定した事実ではなく、妄想だよと強調しておきたい。