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妻に捨てられた某歌人(全てお前が悪いよな!)

 某歌人が妻に捨てられた。

 男として、つらいよな!

 私は結婚したことはないが、女に捨てられ続ける人生だったんで、大いに同情してしまう。しかしその後の歌人の行動がいただけなかった。

 子供に会いたいとアピールしはじめたのである。

 ついにそれのみをネタに本を一冊書き、しかも「生きよう」と必要以上に強調。自殺や殺人をほのめかしてるようにしか私には読めず、ネタだとわかってはいるが顔をしかめた。

 いや、そこは「子供に会いたい」という、誰もが批判しずらいド正論を吐き続けるところではないでしょう。ま、当時はそれでも珍しくは思ったけどもね。

 でも妻に捨てられた男が誰にも批判されずに嫌がらせできるのは、「子供に会いたい」と強調しまくることだと、今なら誰でもわかってしまう。

 バレるのよ。

 きれいごとしか書かず、批判を恐れながら執筆する文章はつまらない。

 むしろ自分を捨てた元妻への「うらみつらみにくしみ」を、赤裸々に描くほうが共感されたのではないだろうか? だって私は共感するし、妻や恋人に捨てられた男の頭の中は、うらみつらみにくしみと、「あの時にああしとけばよかった」「こうしとけばよかった」「実はいい女だったのになあ……」などと後悔でいっぱいになるはずだからだ。

 そういった意味でM野K一さんの離婚単行本は、それなりに面白かったけど退屈な一冊だと感じたし、尊敬できなかったな。

 「つい子供に会いたいと誰からも批判されづらいきれいごとをアピールし、妻に粘着しつつ妻の旦那にも嫌がらせしたくなる」などと、実際にそうは思ってなくても書いてしまえば面白かったのに……と思ってしまうのだ。

 なんて恐ろしい男なんだろう! まさに粘着性充分!

 ……と凍りついたのは、「元妻のマンガの絵が荒れている。ボクと結婚してた頃はそうではなかった。心配……」などと、余計な一言をそえるあたり。

 元妻の心配する演技をして誰からも批判されないように鉄壁の防御線をはりながら、画力の低下を批判しつつ、現在の旦那をもディスり、しかも言質はあたえない……という陰湿性のみなぎりに、「さすが枡N浩1様! そこにシビれる憧れるゥ!」と、ヘイト感情が一回転して、むしろ惚れ惚れしてしまうほどだった。

 こんな旦那いたら、別れるしかないよな。

 南9太さんには同情してしまう。

 ま、それから何年かして西村賢太さんが芥川賞を受賞し、同棲する女性へのDVなどを赤裸々に描き、実家に帰った恋人の元へ謝罪してヨリを戻すために頭を下げに行くくだりを描いたりして、「やっぱ新人賞を落とされたら、また投稿すればいいだけなのに、それをしないで逆ギレ炎上してそれをネタにして売り込みかける男とは格が違うよなあ、芥川賞作家は……」などと思ったものだ。

 新人賞をとれなかった男と、芥川賞をとる男は、残酷なほど違いますね!

 後に歌人がお笑い芸人を志したあたりで、その経験を活かしたお笑い小説などもアリだろうと期待してたら、ピース又吉が「火花」でブレイクして芥川賞をとってしまった。

 某歌人のお笑い芸人小説なんて、いきなりお呼びでなくなってしまったのだ。

 ついてない男だよなあ……と同情したものの、嫌がらせされ続けた西Q太みたいな名前の女流マンガ家の怨念と呪いが根深すぎての長期低迷なのかもしれず、思いは複雑である。

 そんなこんなで私のTwitterをスクショに撮り、インスタグラムにアップ。さらにラジオ番組でネタにするという、某歌人の行動に戦慄したので思わず駄文を書いてしまった。

 私がネタになることによって、某歌人の活動が盛り上がるなら、それでいいのではないかな。下げチン文化人なのは間違いないんで、あんまかかわりたくはない。

 しかしエールは送っておきたい。

 今日も粘着、がんばって!