マイルド底辺(2)

 底辺職業で働いていると、周囲はリストラ中年と外国人と発達障害者ばかりになってしまう。そんな生活に癒されていたけど、疲れ始めているのが現在の私だ。

 日本の若者が嫌がる職業ゆえに、そんな連中ばかりになってしまう。ごくたまに、日本の若者が来る。自分の若返りをかねて、つい話し込んでみたりする。

 「最終的にはライターとして、どうしたいんですか?」

 ある時に若者から話かけられた。しばらく考えて、「生涯現役かなあ? 私くらいの年齢になると、いまさらベストセラーがどうのとか、賞を取りたいとか、考えなくなるんだよ。無理だし。どこまで現役でいられるか…くらいしか目指すものがない」と素直に答えた。

 そんな回答を求めてるわけじゃないんだよ……という様子がうかがえた。彼は20代前半のイケメン。バンドマンである。デビュー目指してがんばっているのだ。

 だがバンドマンとしての自分に見切りをつけようとしているようだった。デビューできそうにないし、デビューできても売れそうにもない。

 そんな時に、好きな洋服ブランドの求人を見てしまった。

 応募しようか迷っている。

 そんな相談をされた。

 そんなもん応募するしかないだろう。バンドマンを続けるのは戦場だ。洋服ブランドで働くのも戦場である。どっちの戦場を選んだかの問題にすぎない。

 夢から逃げたわけでも、夢をあきらめたわけでもない。

 いっそ就職先の洋服ブランドのお偉いさんと、バンドを組んだらどうか? 出世の役にたつかもしれないし。オッサンみたいにゴルフで出世するより、よっぽどマシだ。

 バンド経験のおかげで出世できたら、バンドやっててよかったなと思えるだろう。無駄じゃなかったわけだ。ファッションショーのインビテーションカードに、バンド写真を撮影したっていいだろうし、バンドキャリアの使い道は、いくらでもあるぞ。パーティーの余興に、社長やデザイナーと一緒に演奏してもいいし。

 そうゆう幸せもあるんじゃないか。

 オッサンくさい意見しか言えないのがアレだし、彼の役にたつとは思えなかった。とはいえ夢に見切りをつけなきゃならない年齢になったのだから、その負担を減らしてあげたくもあった。

 「求人に応募してみようかなあ……」

 夕食を買いにコンビニに行くと、履歴書を買ってる彼の姿があった。どうやら、その気になったようだ。

 これもまた、マイルド底辺の風景なのである。