下妻物語

 下妻物語を鑑賞。

 開始30分で面白くなる映画と、開始60分で面白くなる映画がある。本作は開始30分で面白くなるので、良い映画。逆に開始60分もしないと面白くならない映画は、悪い映画だ。サスペリアなんかは、そうである。

 本当は開始1分めから面白い映画があれば最高なんだが、なかなかないよな。アクションものやSFだと、最初に爆発が起きたりしていきなり面白かったりもするのだけど。

 伝説のレディースのヒミコというのが登場するのだが、それが深田恭子の祖母ではないかと想定しながら見たら、そうではなかったので肩すかしされた気分になった。

 土屋アンナ深田恭子の表情を、もっとアップで拾ったほうがいいんじゃないかなあ……とは思ったけれど。

 気になったのはレディースの頭をやってる小池栄子で、パーマネント野ばらに出てきた、菅野朋美の女友達役と似た印象を受けた。マイルドヤンキー層の、しっかり者……という位置づけになるのかなあ。

サスペリア

 サスペリアを鑑賞。

 想定よりも怖くはなかったなあ……という印象。バレエ集団の若女子たちのプライベートをのぞき見する趣味はあり、そこそこエッチなサービスはあるものの、あんまり怖くはないのである。映画発表当時だと、恐怖のどん底に叩き落されたのだろうが……。

 シナリオ構造的にツラかったのは、前半一時間はショックシーンが次々に発生するだけの、串団子構成なこと。怖くはあるが、謎が深まりもせず、展開するでなく、単調なのだ。

 ラスト30分で魔女の本拠地に乗り込んでからの展開は、ドキドキさせられたが……。

 映像はスタイリッシュで美しく、見どころであるだけに残念である。

 

SAFE/セイフ(2)

 ●少女よりも少年のほうが、感情移入させやすいのでは?

 いつも思うのだが、ヒーローが誰かのために戦う場合、少女よりも少年の方が感情移入させやすいのでは?

 そりゃ安易に考えれば、かわいい少女のために戦う方が簡単に観客を感情移入できそうだ。でも監督にロリ性癖がない場合、魅力的なロリータちゃんを描けないのである。

 何の魅力もない少女のために、ステイサムが大暴れしても、なんだかピンとこないわけである。本作で起きたのは、それだ。男が少女のために、戦う理由がないのである。

 しかもロリ趣味がない主人公なら、なおさらだ。子供とセックスはできないから、殺されそうになってまで戦う意味がない。ロリちゃんのために戦わさせられるくらいなら、巨乳ちゃんのために戦うほうがマシである。巨乳ちゃんとは、セックスできるから。

 巨乳かどうかはさておき、要は魅力的な成人女性のほうがマシという意味である。恋愛対象として魅力的だから、彼女のために戦おうという動機が産まれる。トランスポーター1でのステイサムは、そうだったのだ。

 巨乳ちゃんでなく、ロリ少女となると難しい。心を通い合わせたところで、セックスはできない。つまり男として少女と関わる理由がないし、どうコミュニケーションをとっていいのか、わからないのである。てゆうか、男として彼女に伝えるべきことが、特にないわけで。

 セックスできないうえに、通じあうものがないのがロリ。そんなものを映画に登場させる意味は、あんまりないと思うのである。ロリータ趣味があるなら、別だけど。

 少女を出すくらいなら、少年を登場させる方がマシだ。セックスできない点では、ロリと同じ欠点がある。しかし男として人生の先輩である主人公は、少年に伝えるべきことが沢山ある。

 男の生き方を教えることができるのだ。

 少年とセックスをすることはないが、通じ合うものがあるし、気持ちを通い合わせることもできるのだ。男どうしだから、無言でも伝わることもあるわけで。

 少女と共感しあえる中年男性ヒーローよりも、少年と共感しあう中年男性ヒーローのほうが、描きやすいはずである。観客もまた感情移入しやすいと思うのだ。

 だったらこの種の作品の場合、少女よりも少年を登場させるべきではないかと感じる。


 ●死にたがってる主人公

 物語序盤でのステイサムは、死にたがっている男だ。エンド・オブ・デイズシュワルツェネッガーや、たぶんケープタウンフォレスト・ウィティカーもそうである。

 単なるアクションヒーローではなく、何か「深み」をつけくわえたくなった時にわりとすぐに思いついてしまう設定ではなかろうか。アクション役者も、ついつい食いついてしまうだろうし。

 しかし本作では成功してるように見えなかった。

 死にたがってたステイサムが、ブスな中国ロリを見た瞬間に生きようと決意するのが唐突すぎて、何の感動もないのである。なんで中国ロリを見ただけで、生きる希望がわいてくるのか、わかんないし。

SAFE/セイフ(1)

 SAFE/セイフを鑑賞。

 なぜか気になるジェイソン・ステイサム。なぜか大好きなジェイソン・ステイサム。でも、その理由がわからない。トランスポーター1での印象が良すぎたからというのは、ある。

 とはいえ、アクションスターとしてはキャラが弱い。

 スタローンやシュワルツェネッガーのように、筋肉ボディではない。キアヌ・リーブスのようにイケメンでもない。スタントなしのアクションは偉いけど、トム・クルーズほどの無茶をしてるわけではない。

 ハゲがカッコいいとか、スーツが似合うとか、そんなことはよくわかってるのである。手元にあるものは何でも武器にしてしまう、頭の良さそうなアクションもカッコいいし。

 でも、それらがステイサムにハマる理由としては、どれも弱いのである。ステイサムを好きになる理由を、説明できない。

 全体的にぼんやり好き。

 でも全作品を見たいと思う。

 こんな気持ちになる理由を説明できない。もどかしいんだよ、ステイサム。


 ●何の魅力もない中国ロリにうんざり

 中国人ロリータちゃんのために、ステイサムが戦う映画だ。しかし中国ロリが全くかわいくないうえに、ブス。彼女のために何かしてやろうという気に、全くなれないのである。

 しかも物語序盤で、この少女が事件に巻き込まれるまでがダラダラと描かれるのだ。しかもステイサムと出会うまでが、無駄に長い。

 ここは、もっとはしょるべきではないかと思った。

 レビューなどでよく指摘されていたが、レオンのナタリー・ポートマンちゃんをついつい思い出してしまうわけだ。抜群にかわいい上に、悲惨な境遇。

 男なら、ついつい一肌ぬぎたくなってしまう。

 彼女のために何かやってやろうという気にさせられるのだ。しかもそれが素早く描かれる。中国ロリとえらい違いなのである。

 やっぱりシナリオライターだったり、監督だったりが、レオンよりも劣ってんじゃねえかなあ。中国ロリともっと心を通い合わせる、いいシーンがあればよかったとも思うのだが……。

 思うに監督はじめ制作スタッフにロリ趣味がないために、魅力的なロリを描くことができなかったんじゃなかろうか。とりあえず守ってやる対象として、ロリが必要だっただけなのだろう。

 ステイサムが大暴れするために理由が必要なので、中国ロリが登場するだけなのである。ステイサムと中国ロリの関係を、もっと丁寧に描くべきであった。

 彼女と会った瞬間に、ステイサムが死ぬことを止めた理由も、よくわからないので物語に集中できないのである。

 映画の最後でステイサムが彼女の父親になろうとするのも、よくわからなかった。中国ロリは父親ではなく、友達になることを求めるのだが、何の感動もなかった。

ケープタウン(2)

 ●母親がキーになる

 南アフリカが舞台なので、アパルトヘイトが重い影を落とす。黒人警官はつらい目にあってきた。しかし彼は恨みや怒りはあるはずだ。しかし、それををこらえ、白人たちに対して融和的な態度をもつ。負の連鎖を戒める人格者なのだ。

 アパルトヘイトさえなければ、黒人警官は結婚もできたし家庭ももてた。彼が唯一もてる家族は、自分の母親だけなのである。

 そんな男だったのだが、ある衝撃的な展開により怒りがMAXに。殺人マシーンと化し、最後には悪の親玉を殴り殺す。その時の音楽の悲しい盛り上がりが、また泣かせるのである。

 憎悪の殺人は彼が最も嫌うこと。

 でも、そうせざるをえないのである。そうなってしまった悲しみが、ひしひしと伝わってくるのだ。恥ずかしながら、涙目になってしまった。

 最後に黒人警官も出血多量か何かで死ぬのだが、自殺に等しいんじゃねえかなあ。憎悪で殺人をした自分を、許すことができなかったのでは?


 ●圧倒的な南アフリカの景観が胸にせまる

 圧倒させられたのは、南アフリカの景観だ。安いつくりの家が立ち並ぶ貧民街。それとは正反対の、上級白人さまがすむ豪華な邸宅。

 強風が吹く、真っ白な砂浜が広がるビーチ。砂漠もCGで描いたのかと思うくらい、非現実的な光景だ。あまりにも美しい世界なのに、そこにあるのは癒しきれないアパルトヘイトの傷と貧困。

 それらが圧倒的なリアリズムとともに、おしよせてくるのである。

 もう、辛抱タマランチ会長! なのであった。

 原題はズールーで、いいタイトルだと思う。黒人警官が主人公だと伝わるし、またいろいろな含みがある。しかしケープタウンという日本語タイトルも、そんなに悪くないと思う。

 南アフリカの重く暗い現実を、圧倒的なケープタウンの風景とともに描いた映画でもあるからだ。これはこれで正解だったと思う次第である。

ケープタウン(1)

 ケープタウンを鑑賞。

 普通にアクション映画として面白いのでは? 追跡シーンなど臨場感があり、ハラハラさせられた。


 ●イケメン白人警官よりも、黒人警官の方が光る

 オーランド・ブルームが演じる、退廃したイケメン白人警官は、わりとどうでもいい。よくある主人公だ。美人の元嫁と離婚。子供とはうまくいってない。でもナンパしてる女とちょいちょいセックスはしてる。よくあるキャラクターだ。

 光るのはフォレスト・ウィティカー演じる黒人警官。いつも泣き出しそうな顔をしていて、悩める主人公なのである。

 子供の頃に重傷を負い、女性とコミュニケーションがとれなくなっているのだ。おそらく家庭をもち、平凡な幸せを強く求めている男なのである。だが、重傷のせいで、できない。

 ブス黒人女性の家に定期的に通い、セックス的な何かをして金を渡している。売春してる風ではあるのだが、黒人警官的には売春したいわけではないのだ。

 たぶん彼女を普通に愛しており、本当なら結婚くらいはしたいのである。しかし過去の重傷により、彼女を幸せにできないので、惚れてしまう自分を止めるために、あえて金を渡してるのである。

 俺はお前の身体にしか興味がないんだよ。

 そんな風に自分と彼女に、言い聞かせているのである。そしてもちろん金を渡すのは、彼の優しさでもあるのだ。男として彼女に、何かしてやりたいのだ。セックスで満足させることもできない、後ろめたさもあるわけで。

 後に胸の大きいグラドル体型のダンサーが登場する。たいそうな美人で黒人警官は心をひかれる。その後でブス黒人と別れようとするのだが、他に気になる女ができたから別れるわけではないのだ。

 これ以上、お互いが好きになってしまうのはマズいから、黒人警官が身をひいたのである。このあたり、泣ける。

カンパニー・メン

 カンパニー・メンを鑑賞。

 

 良質だが地味な映画。リストラされた人々には、共感するが……。ありふれた結末をむかえるわけで、特筆すべき点はゼロ。ただ再出発のエンディングは読後感がいいとゆうか、後味が良い。そこは見習うべきかなあ。