良いホモ、悪いホモ(2)

 思想によって良いホモと悪いホモに区分し、右翼思想のホモを弾圧しそうなリベラル様。自己矛盾に耐えられない彼らの自我は、簡単なことで崩壊してしまう。崩壊したら悩みながら考えればいいのだが、そんなことを彼らがするはずがない。

 困ったものである。

 そもそもリベラル思想というものが、一貫性を持つのが不可能だ。

 例としてリベラル的な思想をあげて、論を進めてゆこう。

 

 1.イスラム教徒を排除してはならない

 2.同性愛を排除してはならない

 3.リベラル思想を排除してはならない

 

 多様な思想を認めるのが、リベラル思想のはずだ。同性愛とイスラム教とリベラル思想は排除されてはならない。

 しかし、それは不可能なのだ。

 イスラム教は、同性愛を認めていないのである。

 もちろん宗派や地域や個人によって、ホモレズを認めるイスラム教徒はいるだろうが、基本的には同性愛をイスラムは認めないということで論を掘り下げてゆく。

 イスラム教徒である限り、同性愛を認めないのだから、そもそもイスラム教徒はLGBTに差別的であり、リベラル思想の持ち主ではないのである。よって日本のリベラル様は、イスラム教徒を認めてはならないし、批判しなければならなくなる。

 それはリベラル思想的には義務なのだ。

 もちろんイスラム移民を日本に入れるなどもってのほか。リベラル的にはLGBTを認めない差別主義者(この場合はイスラム教徒)を日本に受け入れてはならないからである。

 ここでリベラル的な思想がひとつ誕生してしまう。

 

 1.イスラム教徒を排除しなければならない(彼らは同性愛を認めないから)

 

 ……って、イスラム教徒だから排除しなきゃならない社会のしくみって、本当にリベラル的なの? なんだかおかしくね? 多様な価値観を認めるのがリベラルなのに!

 明らかにおかしなことになってるわけだが、矛盾はさらに続くのである。

 

 (続く)