山口敬之vs詩織。セカンドレイプとは?

 私の意見は引用した津田大介のツイートと全く同じで、山口敬之をかばう気は全くない。安倍総理は好きなので応援してるが、安倍昭恵ならともかく、安倍総理のとりまきにすぎない山口ごときはどうでもいいからだ。

 むしろ女グセの悪さのあまり、安倍政権の足をひっぱってるクソ野郎なのでボコボコにすべきと怒りに震える。「#山口を吊るせ」とハッシュタグをブチあげて、ツイッターで拡散したいほどである。

 ……って、そんなことしちゃダメだってば。話を面白くしようと、表現を強めすぎてしまった。すまんすまん。

 とにかく山口敬之が最悪すぎて、かばう気が全くないということは強調しておきたい。その上で論を掘り下げる。

 ネトウヨの詩織に対するセカンドレイプがよく批判されるが、実はそれはセカンドレイプではない。むしろサードレイプと呼ぶべきものではないか?

 そもそもレイプ被害者である詩織を、「安倍政権を批判する絶好のネタ!」と見なして食いついてしまったパヨク達が彼女を利用したことが、そもそも二回めの強姦であり、セカンドレイプという気がするのだ。

 レイプ被害者を「便利な道具」としか認識できず、利用することで頭がいっぱいになってやがるのだから、パヨク様がセカンドレイパーなんじゃないの?

 そしてそれに対して反応し、詩織を必要以上に批判するネトウヨ達が、三回めの強姦をしてサードレイプをし、サードレイパーになってしまっているのではないかと。

 性被害者の人権をまるで無視してるのは、パヨク様もネトウヨも同様ではないかと思ってしまうのだ。

 山口敬之と同様に鳥越俊太郎もレイプ告発されたが、パヨク様は鳥越をかばったり、完全スルーするなどした。普段はフェミニズムだの、女性の人権だのにうるさい奴らなのに。彼らにとってはレイプ被害者の人権なんて、視野に入っていなかったのだ。

 山口敬之の強姦は悪いレイプだが、鳥越俊太郎の強姦は良いレイプ。

 そんな妙な区別でも発生しているのだろうか?

 そんな区別に私は断固として反対したい。山口敬之だろうが、鳥越俊太郎だろうが、菅野完だろうが、強姦やセクハラしたら全員まとめて追い込むべき。右だろうが、左だろうが、遠慮なく叩くしかないのである。

 山口を批判するのに鳥越はかばうパヨク様だったり、山口はかばうが鳥越は批判するネトウヨを見ていると、コイツらにとって女性の人権なんて、どうでもいいんだろうなーと呆れてしまう。

 詩織本人は政権批判は本筋ではないと言っており、安倍政権批判が悪いとは言わないが、何よりもまず性犯罪として厳しく追及するのが最優先ではないかとパヨク様に苦言をていしたい。