作家(小説家)はライターよりも格上なのか?(4)
とあるベテランライターが「オファーがあって書くのがライター。オファーがないのに書いてるのが作家」などと珍妙な理論を展開した。
はっきり言って私は彼のことを全くライターとして評価しておらず、しかも彼がちょこちょこ書いている短文の「小説モドキ」を苦々しく思っている。
そんなもんたまに書いてるくらいで「小説くらい俺にも書ける」的なツラをされるとイラッとするよね。登場人物づくりと、物語づくりのスキルが低すぎなんだよ。志が低すぎなんだよ。
そんな人物の珍妙理論にイラっとさせられたわけだが、別に彼を批判するつもりは全くない。どうでもいいから放置したいし、かかわりたくもないのである。
ただ彼の珍妙理論を読んで、何か間違った知識を植えつけられた人もいそうなので、ここはひとつ訂正しておきたい。
確かに自費小説を出版して作家を名乗ったり、あるいはノーギャラで何かを制作して「**作家」を自称する人物は大勢いる。オファーもギャラもないのに、そんなことをしてる人々に対して、金になる原稿しか書かないライターが「格上意識」を持つのは別に構わない。実際に格上なんだろうし。
しかし金もらわないと文章を書けないような人物は、小説家という意味での作家になるのはむいてない。だって、受かるかどうかわからない新人賞に、原稿用紙何百枚もの小説を書いて応募することから、キャリアがスタートするのだから。
デビューしてないからノーギャラ投稿小説を書くのは当たり前……なんて思った人々もいるかもしれない。だが現役ベストセラー作家で直木賞をとった男が、数百枚の原稿を書いたあげくに自分でボツにしたと語っていて仰天した。
明らかに出せば売れるとわかっているものを、クオリティに納得できないからボツにするというのに衝撃を受けたのである。それから興味をもってリサーチすると、実は小説家が編集部に原稿を預けたものの、出版されないで眠ってるものが実は意外に多いと知ってさらに衝撃を受けた。
あの先生や、あの先生の原稿がオクラ入りになってるのかよ!
数字もってる先生なのに、そうなのかよ!
厳しすぎる小説業界に腰が抜けるほどショックを受けてしまった。原稿預けてオクラ入りでは金銭的、アキバ系同人誌以下。誰にも読んでもらえないのだから、このブログ以下。なんつってな。
……で、何が言いたかったかと言えば、小説家とライターの境界線の一つに「ノーギャラ原稿を書けるか否か」というのがあると思うのだ。新人賞用のノーギャラ原稿を何百枚と書かなければデビューできないし、売れてる作家でもオクラ入りするノーギャラ原稿を書いてたりする。
そのような準備をすることなく、オファーがあった時だけライターが小説を書くのでは、それは小説モドキにしかならないし、そもそも長編を完成させることなどできない。
ノーギャラ原稿を書かないことを誇るライターが、低クオリティの小説モドキを書いてご満悦ではカッコ悪い。小説ってそんな甘いもんじゃないのだから。新人賞に応募したことすらないライターが、えらそうな口をきくべきではないのだ。
ライターと小説家は似てはいるが別の職業。だったら妙な色気を見せたりしないで、ライターとして良質な原稿をひたすら書くべきだ。
読者があなたに求めているのは、ライターの良質な原稿であって、低レベルな小説モドキではないはずだから。