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桝野幸一が感じ悪すぎる件(4)

小説

 短歌の賞だったかな? 新人文学賞だったかな? 桝野幸一は受賞できなかった。逆ギレした彼はそれをネタに炎上させて名前を売り、歌人として数年は活躍。NHKにも出演してたよな。確か「かんたん短歌」みたいな番組名だった。サウナでチラ見したことはあるような?

 しかし歌人としてリピーター読者は獲得できず、失速。

 今にいたる。

 当時の私は桝野幸一のやってることに冷やかだった。

 評価基準に納得できない新人賞なら応募すべきじゃないし、落選したら再投稿すればいい。桝野幸一以外の人間は、そうしている。村上春樹だって、ノーベル文学賞の批判はしない。芥川賞は批判してたけども(笑)。

 とはいえ受賞できなかったことに逆ギレし、炎上させての知名度アップのやり方を頭がいいと感じたのも事実だったのだ。そうゆうやり方もあるんだなと感心したのだ。頭がいいとも思った。

 でも、今ははっきり間違っていると確信している。

 賞にもよるからなんともだが、「**賞」というものを出版社がやる場合、「この作家なら金儲けできる」「この作家で儲けたい」「この作家を売り出したい」という意識のもとに受賞させるのである。

 本を出して売れなかったとしても、「もう一冊、チャンスを与えてみよう」「3冊は出してみよう」だなんて、推してくれるありがたい人々なのである。

 ところがそれにケチをつけて逆ギレ炎上させたりしたら、その賞を主催する出版社の人たちはカチンときてしまう。作家を売ってやろう、金儲けさせてやろうと思って賞を主催し、必要経費だってかかっているのである。手間もかかる。仕事も増える。残業や休日出勤だってしたかもしれない。

 そこまでやってる仕事にケチをつけられたら、普通は怒るだろ。

 「あの作家、ウチは出入り禁止」

 「あんな作家の本なんか出さねえ」

 なんて思ってしまうのは人間として当然だ。ま、出版社の人たちが怒るだけなら、それでいい。クライアントが1社、減るだけでもあるから。元々、ご縁がない出版社だったかもしれないし。

 だけど賞には選考委員がいるのである。

 選考委員になる作家は各出版社に顔がきく、ベテランばかりだ。自分が受賞させた新人には親近感をいだく。書評を書いてくれたり、対談相手に指名してくれたり、本の帯には一文を寄せてくれるのである。

 積極的に自分を売ってくれるわけだ。

 そんな人たちの判断基準にまで桝野幸一はケチをつけてるわけで、ベテラン作家にまで喧嘩を売ってしまうのはいかがなものかと。

 炎上させたら食いついてくる出版社はある。だけど新人賞を主催してる出版社と違い、「この作家を金のなる木に育てよう」なんて気は薄いのである。売れなかった場合に「もう1冊ねばってみよう」なんて考えない。「もっと派手な炎上ないすか?」なんてことになる。

 逆ギレ炎上商法を確立した桝野幸一は頭がいい。

 でもそれは小賢しい頭の良さだ。

 本当に頭の良いならば、応募する新人賞を間違えないし、結婚する女を間違えない。新人賞と女に捨てられても、自分が悪いと納得させて別の賞や女を追うのである。

 尊敬できる(売れている)人物に対して、良好な関係をつくろうとするのがマスノだった。だけど賞を主催する出版社や選考委員や妻とは、仲良くしようとは思わなかった。

 ご縁が無いのだから炎上させてチャンスに変え、リサイクルしようと考えたのである。そんなことしてると、敵はどんどん増えるというのに。

 逆ギレ炎上で食いついた、味方らしき人は炎上が終わると去ってしまう。でも炎上にムカついた敵は永遠に残るのである。味方がいなくなって敵だけ残るなんてバカげている。生産性はない。

 小賢しいくらいなら、馬鹿なほうが敵をつくらないぶんマシではないか。