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桝野幸一が感じ悪すぎる件(1)

小説

 桝野幸一の感じ悪い態度にイラっとし、「その調子じゃ南Q太に捨てられるよな」としか思えなくなってしまった(笑)。アカの他人の私に対してとる態度と、元嫁の南Q太に対する態度が同じなわけない。態度は変えているだろう。

 しかし桝野幸一の負の人間性が透けて見えた気分になってしまうのはしかたない。

 頭はいいから打算はするが、小賢しい印象を受けてしまうのはなぜだろうか?

 実は桝野幸一とは面識があり、携帯電話で話したこともある関係性だ。といっても大昔の頃の話だけども。

 当時から桝野幸一は特徴的な人間だった。

 尊敬できる人物には尊敬できるように接し、尊敬できない人物には最低限の礼儀すらシカトする性格に見えた。その態度のどこが悪いって?

 悪くはないよな。私だってそうしがちだもの。

 ただなあ、桝野幸一の場合をはたから見てると、尊敬できる人間(売れててメリットのある業界人)は尊敬し(仲良くし)、尊敬できない人間(売れてないからメリットのない人間)とは仲良くしない、という態度がモロに出すぎなのだ。

 90年代の時点から彼はそうで、ボロクソに言ってる人たちは大勢いた。

 彼らのほとんどは売れてないから消えていったが、売れてはいないが業界のすみっこで生き残っている人物もいるわけだ。

 重要なのは売れてはいないが業界のすみっこにいる人間たちを敵に回してしまったがゆえに、桝野幸一本人が気づいてないとこで、本人が大損してんじゃないかということだ。

 だって音楽ライターとしてリストラされてて、歌人としてもリストラされてて、しかたないから南Q太との離婚ネタで食いつなぐ惨状ってヤバくないすか?

 

 「短歌はよく知らんが雑誌記事にすることにした。今さら俵マチでもないだろうし、いい歌人いない? 桝野なんとかってどうなの? よく知らんけど」

 「アイツはよした方がいいすね。鉄板で俵さん。あるいは穂村さんがよろしいかと」

 「穂村ってよく知らんが、お願いしよう」

 

 ……なんてやり取りが、あちこちで行われて世間を狭くしてしまったのではないかと。桝野幸一にナメた態度とられてムカついた人々が、「桝野以外の音楽ライターないし、歌人にしよう」と動いたが故に、こんな惨状ではないかと。

 あげくに南Q太に異常粘着し、離婚ネタで食いつなぎつつ、「あくまで子供に会いたいだけ。元妻のことは恨んでない。むしろ心配してるほど僕は善人でありよい人物」なんてアピールされたら、業界内の女性たちはムカつくでしょう。

 そんなことしてる男に、仕事ふる女性いないんでないかな。

 そりゃ子供に会いたいのは男性心理として当然。共感する男たちは多かろう。しかし元嫁に粘着する様子を見てへきえきする男性も多いだろうし、恐怖に感じる女性たちはもっと多いのではないか。

 子供に会えないかわいそうなボク……を演じたところで、母性本能や子宮がキュンキュンする奇特な女性はどれだけいるのやら? 被害者ぶるその態度、はたしてフォローになってるの?

 元嫁をネタに離婚本を3冊だしても、ストーカー行為にはあたらない。

 言質をとられるようなヘマをするほど桝野幸一はマヌケではないから、具体的にどこが被害者ぶってるとか、善人ぶってるとかも、指摘できない。

 「妻の絵柄が荒れている。ボクといたころはそうではなかった。心配……」

 なんて調子ですからね。

 そりゃ妻の仕事を案じてる善人の態度でしかなく、現在の旦那と妻の悪口も言ってはいない。大事なことなので強調するが、言質をとられるようなヘマをするほど桝野幸一は愚かではない。打算的な性格だから。

 むしろ桝野幸一に反感をもつ連中が、こんな失言をするのを誘いながら待っているわけである。

 

 「南Q太へのストーカー行為。よくないね」

 「具体的に何がストーカー行為なのか指摘できます?」

 「よく読んだらストーカー行為は文中にはないが、元妻を批判してる」

 「ですから、悪口って文中にありました?」

 「悪口……はよく読んだらないな。でも絵柄が荒れていると指摘してる」

 「それは心配してるだけです」

 「屁理屈こねるな!(逆上)」

 「はいはい。アナタの悪口は論破させていただきました」

 

 ……って、こんな試合展開を想定しているのではないか。かつての彼は特殊歌人を名乗っていたが、特殊なのは歌風ではなく人格のほうだろう。元妻に粘着する危険性を感じ取り、逃走経路を慎重に用意しているのである。

 だけどそんな打算ばかりご熱心で、いい音楽原稿を書いてリピーター読者を獲得する、いい短歌をつくってリピーター読者を獲得する……ことを愚直にやらなかったから、離婚ネタで食いつなぐ惨状に陥ってしまったのではないか。

 書店に行ったら短歌ネタの単行本が意外に沢山あったので、名前をチェックしたら穂村さんのものばかりだった。そういや、桝野幸一っていたっけなと、彼の短歌本を探したらゼロ。

 そういや90年代の段階で「歌人枠には穂村さんの椅子しかない」と桝野幸一が言ってたけど、実際にその通りだったんだとしみじみし、久しぶりに桝野のことをツイートしたら、「歌人」で検索しまくる彼のエゴサーチの網にひっかかってしまった、憐れな小魚が私です。

 昔とかわらず、受け継がれる感じの悪さ。

 ケタクソ悪いが、言葉にしてみようと思った。

 この話、続きます。